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「なぜ私がアパリをやっているのか? 家族の立場としての自分」

近藤さん

1980年の9月20日、私は覚せい剤取締法違反で札幌西署に逮捕されました。札幌地方裁判所第16号法廷の奥田保裁判官に、最終陳述で何か、最後に言いたいことはないかと訊かれて、私は「刑務所に入れてください。執行猶予はいりません。実刑をください」と言ってしまいました。
 覚せい剤をやめるための努力を色々してはみたものの、自分の意志の力ではどうにもならないことに、疲れ果てたのです。

11月26日、判決言い渡しの日、奥田裁判官は私に実刑ではなく、保護観察付き執行猶予を言い渡してくれました。「刑務所に入れてください」と言う私の正直さを信じてくださったのです。

 出所して一人暮らしを始めた私の許を最初に尋ねてくれたのが、アル中の神父、ロイ・アッセンハイマーさんでした。友達は一人残らずいなくなり、頭の中は使いたい、使いたいばっかりで、思い出されるのは売人の電話番号だけ、という私を、「近藤さん、よろしければ、ミーティングに行きましょう」と毎日AAのミーティングに迎えにきてくれたのです。当時、薬物依存症者のためのNAは存在せず、私はAAのミーティングに1日3度、8年間毎日出席しました。

「Just for Today」 今日一日だけのことだけを考えて生きよう、というAAの教えのおかげでなんとか4年間の執行猶予期間、薬を使わずにクリーンで過ごすことができたのです。

奥田裁判官には、約束どおりクリーンで執行猶予期間を終えることができました、と手紙で喜びの報告をし、続けて第一回のNAセミナーの招待状を送りました。奥田裁判官はこのセミナーにわざわざ来てくださったのです。現職の裁判官としては異例の勇気ある行動だったのだと、後になって理解しました。

 1985年7月1日、荒川区東日暮里のボロボロの木造二階建ての一軒家で、「ダルク」は誕生しました。一日三回のミーティングに参加することだけをルールに、「今日一日」を積み重ねていく仲間たちの集まり。今年で創立34周年を迎えるダルクは、今や日本全国60施設以上に拡大しています。

 ダルクの拡大とともに、真の意味で薬物依存症の回復支援を行う必要性を痛感し、2000年2月にダルクをサポートするシンクタンクとして、NPO法人アパリを設立するに至りました。初代理事長はロイ・アッセンハイマー神父。裁判官をご退官され、弁護士事務所を開設されていた奥田保弁護士には、監事をお引き受けいただきました。

いつも「失敗した、失敗した」と言ってばかりの私に、ロイ神父は「近藤さん、人生に失敗なんかないんですよ」と教えてくれました。「人生には失敗も成功もないんです。うまくいかなかったことは、今のあなたに、もっと大きな何かを教えようとして起こっていることなんですよ」と。

 覚せい剤を使って捕まったことは失敗じゃない。必要なことだったんだ、と思えるようになってから、私は色々なことに躊躇なく挑戦できるようになりました。

 私の失敗だらけの人生が誰かのために役立てることができればとの思いからアパリを始めました。そして自分の思いに賛同し集まってくれた人たちに支えられながら続けられることに感謝しています。

NPO法人アパリ 理事長 近藤 恒夫